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セリフの声とことば講座(6/23)

講座テーマ「言葉のエネルギー」

[1]個人ストレッチ

[2]次のステップに向って
(1)テキストを空間にデザインし、人間関係も立体化し、
  アーキテクト(建築)していく。
(2)そのためのテキストの読み方→ストーリーを追わない、心で読まない、細かく。

[3]宿題レポート発表「イメージについて」(発表者四名)と質疑応答
A氏:
ピアジェからコスリンの二重構造の説明。二重符号化理論。
言語システムと非言語化システムでの連想的活性化がおきる。
セリフイメージは二重化の分離が重要では!
B氏:
自己イメージ、他者からの受容イメージの二分論。イメージは個的、
共有化はない。
C氏:
俳優イメージ論。イメージはプロセスとしてとらえない。
そのものに機能はない。「心の中に描いたもの」をさらに明確化して欲しい。
D氏:
イメージとは「未来を予測する能力」の1つである(イメージプロセス論)。
抽象や心象も含めどこまでが有効な能力(イメージ)なのか?
<評>
四人の発表でも共通項が少ない。それぞれ勝手に理解し、使っている。


言葉は人の知、心、身の変化や状態を表現し
伝えるための道具だ。

すでに言葉が一応機能している所に生れた者は、
必死になってその言葉を学び慣れ実用化しようとする。

どの様な音でどの様な意味かをより正確に身に付け接した人と、
相当個的で共有性に乏しい言葉の摂取の仕方で育った人とが
いる。
双方似た様な所にいるが、同じ言語なのに、異った認識、
理解や使い方をしている。


その良い例が「イメージ」である。

以前と比べ可成り多くの所で様々な人が”イメージ”を連発する様になった。
それも外国語としてのものでなく、現代日本語としてのカタカナ語である。
物をあらわす言葉には新しい言葉でも、さ程ブレは少ない。
こと抽象的言語ではおどろく程粗雑である。

その原因は「思う」という優秀な精神過程のある
お陰ではないだろうか。

思うはあまりに大きすぎるので置くとして、イメージについてもう少し精度を上げ、共有出来るものにしたいものである。

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