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歌・演奏(4/13)                                《音楽系》

4/13(木)歌・演奏

第Ⅰ期課題 清水脩作曲 智恵子抄(高村光太郎の詩に曲をつけたもの)(磯貝講師)

 <概論>清水脩はスパイスの効いた音楽を創る。
     智恵子抄を通じて日本語の歌い方、伝え方を考える。

 ・日本語の音声
   日本語は文字化されたもの(文字・詩歌・俳句等)のレベルは国際的に高いと言われている。
   一方、音声としての日本語は、伝統芸能のような一つの型を持っているものは別として、一般の
  音声言語レベルは非常に低い。民衆芸能や方言などに表れているが特定の仲間内だけで通じるよう
  に変化、派生させてきた。閉鎖型の表現なので、他には通じにくいものである。これは音声に関す
  る感性が育ちにくい現状をつくっており、日本人の語感(言語に対する音の感性)は非常に低い。
   この講座では、ことばそのものの持っている状態を音から理解し、自らの中におこすことを目的
  とする。

 ・智恵子抄
   詩を書いた高村光太郎は彫刻家であり、詩も書いた。彫刻と同様に自分の中にあるものを言葉で
  造形しようとした。一つ一つの語、文に意味・説明を求めるのではなく、詩一編全体で表現しよう
  としている。一般的には非常にあたりまえのことであるが、表層的なものではない。生きるための
  核のようなものを表現している。

   智恵子抄は全二十九編からなるが、清水脩ほそのうち十二編を選び作曲した。
   一編ごとの清水の感じる「イミ」を作曲している。
   この曲を演奏するには、まず自分の感性をぶつけてみることである。あまりにあたりまえの事が
  表現されているので、変につくろうとせず語感(音)から捉えようとする。そして、自分の感性を
  作曲家の感性の違いを実感してみる。また、光太郎の考えをやろうとするのではなく、本来の人間
  性(男女を超越したところ)でやろうとする。自らの語感を外に伝えようとする。

   「山麓の二人」 まず詩を声に出して読んでみる。
           このとき、自分の内側が動くような音声にする。頭の実感ではなく身体の実感
           これを音取りの段階から行う。

・「山麓の二人」(和田講師)
  ・準備運動 湧泉から水を吸い上げ、丹田を通り、反対の湧泉に流す。
        エネルギー、息をとめないように。上半身は脱力。
       →声を出しながら行う。譜面に書かれた2音を出してみる。
        ピアノなどを使わず、自分の身体の中から音を見つける(実感)
        また、2音目の半音上、半音下の音の経過音として出してから2音目に辿り付くよう
       にしてみる。不安定感を実感する。
        実際の譜面でもこのような書き方は多くある。最終的にどの音に行きたいのか、何が
       経過音なのかを実感しながら練習すること。

  ・伴奏付きで一度通して歌う

 ◆本日の磯貝語録:「語感」で言葉の持っている状態を実感し、外に伝える
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