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表現・発声クリニック(12/13)                    《共通系》

12月13日(木)表現・発声クリニック

講座テーマ「試演会 内なる心・外なる心」

<内と外について>
 ・自分の内側の心と外側の心の概念化と実態把握
             ↓
  物事を自分の心の内側で捉えるか、外側(心の客観性)で捉え作用するか。
             ↓
       この事で心が育つのではないか。

 ・受講生の経験から
  体調が悪いとき、やらなくてはいけない仕事があって「もう無理」という
  内と要求をしてくる外の折り合いをつけるのが大変だった。

  問い:自分の心というものをちゃんと捕らえた経験があるか?
  答え:場によって自分の心に向き合わなければいけない所もあれば
     全く無視していい所もあると思う
     :外なる心というのがちょっとよくわからない。客観視のことか?
     自分の心を外側から観ていることか?

 ◎知覚や認知作業ではない。あくまでも心の外側、という心のことをいう。

  答え:心、気持ち、感情の違いがよくわからない

 ◎今は、あえて定義づけしないで議論を始めたが、そこは知的に分岐して
  ゆきたい。

 ◎心という広い概念と実感、各自が異なる理解や認識、実感しているものを
  明確化する。

  答え:自分の本能からの刺激を基準にして、内と外を区別できないか?

 ◎ひとつの考えとして有効。日本では「情」という本能的身体精神概念が
  あるが、未分化状態だ。
  
 ◎人間が生きていくと必ず「濁る」。濁ったものに対して「透明度」を
  求める。その透明度が言葉であったり、約束であったりではないだろうか。

 ◎誠意を持って問題に取り組む=自分の内に入れて問題に取り組む
  という図式がよく成立してしまう(世間的には)

 Ex. 飼い猫に子供が生まれたとして、生まれた喜びを内バージョンと
   外バージョンで言葉に表してみよう。

 Ex. 二人組になって、片方が自分の内と外を使い分けて挨拶してみる。
   された方は、それを受け取って挨拶を返す。

◆本日の磯貝語録
 心の透明度を増す。

◆本日の感想
 「内と外」について実演演習を交え、かなり具体的に踏み込んだ。日本人は、
 心の内(内の心)は感じやすいけど、心の外側を心で捕らえるのが下手だ、
 と実感。そのため型をつくりマニュアル人間が増えたのかなと考えました
 (K.Y)
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